わたし、ヴァシルは、二の大陸キロン=グンドの北東の大国イリン=エルンの魔導師学院で育った。イリン=エルンがウティレ=ユハニに滅ぼされ、学院が統合された後、大魔導師イージェン様の手配で、一の大陸セクル=テュルフのカーティア王国魔導師学院に所属することになった。でも、今は、カーティアではなく、異端との戦いのために、イージェン様の弟子にしてもらい、大魔導師の道具である『空の船』で働いている。 
                           
                           イージェン様は、学院で育っていないので、かなり破天荒だ。学院の『決まり』を破ることばかりしてきた。大魔導師になる前には、女と淫らなことをしたり、精錬した道具や薬を売ったりと、とんでもないことばかりしていた。その上、人買いを生業として、人殺しや強盗までしていた。生きるためとはいえ、許しがたいことだ。大魔導師になってからも、それはまずいのではということをたくさんしている。 
                           
                            わたしは、今まで『決まり』を破ったことはただの一度もない。身を正し、清らかに過ごしてきた。育った学院では、毎日『理(ことわり)』の書を読み、書写して、スケェエルの当番や王族の子弟の教導をするくらいの仕事しかなかった。王宮の外に出るのは巡回のときくらいだが、それも、二十歳を過ぎるまではほとんどしたことはない。 
                           巡回は嫌いだった。王宮の外は騒がしく、無秩序で……そして、みだらで見苦しいことばかりだったからだ。 
                           民の暮らしぶりを知らないわけではない。無教養なのは、教導を受けるゆとりもないし、民を愚かにしておくほうが支配しやすいと学院では教わった。だから、愚かでみだらなことをするのは仕方がない。でも、教養があり、聡明なはずの王族や貴族たちも、そして、ミスティリオンを唱えているはずの魔導師さえも、ふしだらなことに耽るものがいるのは不愉快だった。 
                           でも、イージェン様―師匠(せんせい)の破天荒さは、なにか、そういう連中と違う。『ヒト』としての温かみをいつも感じる。ヒトとして『生きる』ということは美しくばかりはいられないということを痛感させてくれる。 
                           『ヒト』として……。 
                           魔導師はヒトではない。ヒトの形をしているが、ヒトではない部分を持っている。それでも、ヒトの温かみを知ったり、持ったりすることができる。学院では、そういう感情を持ってはならないと教えられてきた。それが普通だと思っていた。でも。 
                            
                           わたしは、『空の船』に来て、師匠をはじめ、異端の民―マシンナートたちと暮らし、ともに戦ってきて、はじめて、ヒトと接することの楽しさ、それゆえに辛いこともあることを知った。迷惑そうな様子をしていたのは、はしゃいだり、うれしがったりするのは、恥ずかしかったからだ。 
                           エスヴェルンの魔導師ルカナがわたしの留守に勝手に部屋を使ったときに、部屋を返さないので意地になって同じベッドで横になった。ルカナはわたしにいじわるをするが、好意があるようだ。だが、ルカナにみだらな気持ちを持つことはなかった。それなのに、ルカナとのことをマシンナートのレヴァードに誤解されて、からかわれて恥ずかしかった。 
                          レヴァードは、なにかにつけて、わたしをからかう。無遠慮に身体に触れてきて、それは友だちとか仲間とかそういう気持ちだとわかっていたが、そのような触れ合い方をされるのは初めてだった。マシンナートにしては変わっていて、あっさりテクノロジイを捨てるといい、地上の民の女と寝た。 
                           でも、不愉快ではない。ふしだらかと思えば、それだけでなく、前向きで信念もある。いつの間にか、レヴァードにとても魅かれていた。それがどういう惹かれ方なのか、わからなかった。でも、一緒にいたいと思うし、あの屈託のない笑顔で恥ずかしいことを言われて、からかわれて、肩を抱かれたい。 
                           レヴァードが極南の島ウェルイルのキャピタァルに忍び込んだと聞き、とても心配だった。アートランが一緒だとしても、とても危険だろう。せっかく、テクノロジイを捨てて、地上で暮らすと言っているのだから、無事で戻ってきてほしい。 
                           この戦争が終わったら、レヴァードの教導師にさせてもらって、たくさん、『医術』や『調薬術』を教導してあげたい。師匠になれば、ずっと一緒にいられるし、医師になった後、訪ねても少しもおかしくない。 
                           早く無事に帰ってきてほしい。 
                         セラディムの王弟アダンガル様は、マシンナートが母親だが、賢いだけでなく、実に威厳があって、それでいて、『ヒト』としての情けもあり、明君といえる為政者になるだろうと思う。母親のことがあるにしても、セラディムの学院は、愚かでふしだらな王太子を廃して、アダンガル様を即位させたいと考えているし、異端の誘惑という試練も乗り越えたので、ほどなく即位されるだろう。それはとても喜ばしいことだ。 
                           南方大島から帰島されたアダンガル様をセラディムまでお送りすることになり、仕度を済ませたところ、アダンガル様から島に寄ってからと言われた。 
                           マシンナートのザイビュスが、一方的にアダンガル様と食事をともにする約束をしたらしい。もう異端には会わないほうがいいと思うのだが、ひとり残って島の民のために働いていると知り、礼を言いたいという。ご命令でもあるし、仕方なく、寄ってから帰国することになった。 
                           『空の船』で調理した料理と食器、茶器を持って、南方大島に向かった。 
                           食卓を整えると、アダンガル様が手を振った。 
                          「下がっていいぞ」 
                          ザイビュスが味方のフリをしているだけのことも考えられる。 
                          「ふたりだけにはできません」 
                          だが、眼を険しくしたアダンガル様にきつく下がれと命ぜられた。しかたなく、お辞儀して部屋を出た。 
                          扉の前に立ち、『耳』を澄ますと、会話はかすかに聞こえていた。 
                          「食べようか」 
                          「こんな……不衛生なもの……」 
                          「もし腹を壊すかもと心配しているなら、後で薬を飲めばいい」 
                          ふたりで食事をして、アダンガル様自ら入れた茶を飲んでいた。 
                           そろそろ終わりだろう。終わりましたかと声を掛けたほうがいいかも。 
                          「どうせ、無礼ついでだから、もうひとつ、無礼を言う」 
                           ザイビュスがまだ話を続けていた。 
                          「おまえの裸が見たい」 
                           何を言い出すのか、この異端の男。 
                          「なにを……言い出すのかと思ったら」 
                           さすがにアダンガル様も呆れている。でも……。 
                           扉の向こうでの有様。『耳』で捕らえてしまった。 
                          「ああっ、あっ、おまえの男根、気持ちいいっ!」 
                           あのアダンガル様が、ザイビュスの『男』を口で慰め、そして、もっとも汚れたところにザイビュスの『男』を入れて、狂ったように、叫んでいる。 
                          「……あっ、はああっ……」 
                           ふたりが交わる、濡れたみだらな音も聞こえる。わたしは、その様を聞き取りながら、見苦しくも勃起してしまったものをひたすら扱いていた。 
                           自慰するのは、二回目だ。もう十年も前、精通があったときに、試しにしてみたが、うまくいかず、その後はほとんど欲情もしたことがなかった。それなのに、男同士の交わりの声と音を聞いただけで、こんなにも硬くなってしまった。 
                          アッパティームの宿屋で聞こえてきたリィイヴとエアリアの有様にはまったく感じなかったのに。その上、敬愛するアダンガル様のみだらな有様を知って、興奮している。 
                          アダンガル様の欲情した喘ぎ声が耳の奥から頭の中に入り込み、全身を駆け巡っていく。 
                          「ああっ、いいっ! もっと、突いてくれ!」 
                          「……そんなに、気持ちいい、のですかぁ……」 
                           男に抱かれることがそんなに気持ちのよいものなのか。あなたがそんなに乱れるほどに。それなら、それなら、わたしもっ! 
                          「アダンガル……おまえの中っ……気持ち……イイッ……!」 
                          「いっ、いいいっ、いくぅぅっ!」 
                           ザイビュスの声とアダンガル様の声が重なり、ふたりが果てたのがわかった。そして、わたしも……。 
                        送らなくていいというのに、ザイビュスは外に出てきた。満天の星の下、行きますとアダンガル様を抱え上げて、飛び上がった。 
                          「アダンガル!」 
                          ザイビュスが見上げて呼びかけた。アダンガル様は見下ろしていたが、すぐに暗闇で見えなくなるだろう。わたしは、夜空を東目指して飛んだ。 
                         ほどなくして、アダンガル様が呼びかけてきた。 
                          「聞いていたのだろう、部屋の中でのこと」 
                           わたしは、伏せていた顔を上げ、アダンガル様を見た。暗闇だが、はっきりと見える。まだ余韻が残っているのか、頬が薄く染まっていて、目元も緩んでいた。身体からは、シャワーで洗い流してもまだ残っているみだらな臭いがしていた。 
                          「もしものことがあったら困りますから、『耳』は澄ましていました」 
                           警護するものとしては当然のことだ。それは魔導師としての仕事だ。 
                          「軽蔑するか」 
                           いえと首を振った。聞いていたことをアダンガル様に知られている。そのことが恥ずかしかった。アダンガル様の鼓動は落ち着いていた。自分のほうがどきどきしている。 
                          「そうか」 
                           アダンガル様は、大きく吐息をついて、目を閉じた。国王になれば、継嗣を儲けるために、お妃と「義務」を果たさなければならない。好むと好まざるとにかかわらず。そして、それが王族として生まれたもののさだめだ。 
                         翌日の昼前には、セラディムの王都に着いた。あらかじめ遣い魔で知らせておいたので、迎えに来たセラディムの魔導師がアダンガル様を支持するハーネス将軍宅に案内してくれた。 
                          「ご苦労だった、これからが大変だろうが」 
                           一緒に戦えずに残念だとアダンガル様は寂しそうだった。 
                          「無事即位できますよう、願っています」 
                           おそらくはほぼ間違いなく即位できるだろうが、事後処理も容易ではない。支持派のハーネス将軍にくれぐれもよろしくと頼んで、セラディムを後にした。 
                           『空の船』に戻り、イージェン様の奥方となられたティセア様に戻りましたとご挨拶をした。 
                          ティセア様はほんとうにお美しい方だ。見目が美しいだけでなく、自分を犠牲にして民の命を救った。立派な方だ。だが、美しいがゆえに、国王たちに弄ばれ、お子様も殺されるというつらい目に会ってきた。だから、愛し合っている師匠の元にいられて、とても幸せそうで、『決まり』に反したことだが、これでよいのではと思えた。 
                           甲板で遣い魔の受け取りをしながら、警戒していた。 
                           船室に急に気配が現れた。セレンが厨房に向かったのかと思っていたが、気配はふたつのようだった。 
                          「アートラン?」 
                           アートランは、セラディムの魔導師だ。まだ十三と子どもだが、とても強い魔力を持っている。学院を嫌っていて、奔放な生き方をしてきたらしい。 
                           何ものにも縛られない生き方。でも、この異端との戦いには力を尽くしている。なにが大切なのかはわかっている。 
                           厨房を窓側から確認のために覗いた。もし、急ぎの話があるのなら、アートランのほうから声をかけてくるだろうから、気配の主がわかればいい。 
                           やはり、アートランだ。 
                           えっ、セレンを……抱き締めて……押し倒して? 
                          「セレン……おまえ、きれいだ……きれいなままだ」 
                           アートランが、何度もセレンの名を呼び、夢中になって口付けを繰り返している。このふたりが男同士なのに惹かれあっていることはわかっていたけれど、まさか、こんな。まだふたりとも子どもなのに。 
                          「アートラン、これ、魚の……」 
                          アートランが肌着を脱いだ。左の肩から腕にかけて、きらきらと光っているようにも見える黄色の鱗が生えていた。 
                          「わあっ……」 
                          セレンがうれしそうに鱗を撫でた。 
                          「キレイ」 
                          頬摺りしている。 
                          「どうしたの、これ」 
                          「大きな魚を食べたら、生えてきた」 
                          「へえ」 
                          唇でも鱗に触れた。 
                          「アートラン、ほんとに魚さんだ」 
                          セレンが舌で鱗を舐め始めた。アートランがぶるっと震えている。 
                          「ああ、俺はおまえの魚さんだ」 
                           アートランは、そう言って、セレンの上着を脱がし、ズボンと下穿きを下ろした。セレンは、されるままになっている。 
                          セレンは、家が貧しく、人買いだった師匠の兄に女の子と偽って売られた。だが、男の子であることがわかってしまい、怒った人買いが、『男』のしるしを全部切り落としてしまった。その怪我で死にそうなところを大魔導師ヴィルト様に助けられたのだ。 
                           アートランは自分も下穿きを降ろして、裸になった。 
                          舌を出して、セレンの身体のあちらこちらを舐め始めた。顔や首筋、腹や股、あの、汚いところも……。 
                          「アートラン……くすぐったいよぅ……」 
                           セレンがくすくす笑ってうれしそうにしている。 
                          「俺の、これ、舐めてくれ」 
                           アートランが起き上がると、セレンがアートランの男根を口に含んだ。 
                          「あっ、ああっ、セレン……気持ちいいっ……」 
                           アートランがなんどもビクビクと背中を逸らしている。 
                           わたしは……また、見苦しくも勃起していた。こんな、子どもたちの有様で、身体が熱くなっている。扱かずにいられない。 
                           アートランはセレンを仰向けにして、股を広げさせて、窄まっているところに押し込んだ。 
                          「あっ、ああぁんんんんっ」 
                           セレンがかわいらしい声で喘いでいる。ふたりが繋がっているところが丸見えで、セレンの汚らしいところをアートランのまだ子どもっぽい男根が出入りしている。 
                          「セレン、おまえの中、気持ちいいっ、すっごく、いい」 
                           アートランが激しく息を荒げて、夢中になって腰を進めている。 
                          「うん、ぼくも……きもちいいっ、いいよぅ……海、海の中みたいぃぃぃ」 
                           びくっと身体を反らしてから、セレンがだらんとなった。気を失ったのか、まったく動かなくなった。 
                          アートランが抱き締めながら、何度も名前を呼んだ。 
                          「セレン、セレン、セレンンンッ!」 
                           ふたりの繋がっているところから、白濁したものが漏れてきた。アートランが精を放ったのだ。その漏れてきたところがとてもみだらで背筋がぞくっとして、扱く手が早くなり、知らずうちに指で汚らしいところの入口をさすっていた。 
                          「だめだ、こんな……汚らしいところ……ああっ、でも、あれが……ここに……」 
                           指先が入っていく。魔導師は、魔力で術を掛けながら食事をすると、小は出るが大は出なくなる。本来は身体が吸収できずに大として排泄するものも魔力で吸収できるものに変えてしまうのだ。わたしもその術が使えるようになってから、十年間、一度も大をしたことはない。だから、わたしのこの『穴』は汚らしいものは詰まっていない。でも、やはり、ヒトの身体の中でもっとも汚らしいところ。そこに指を入れて、わたしはなにかを感じている。 
                          「ああっ、なんか、へん…な感じ……」 
                           指を出し入れしていると、もっと中をかき混ぜたくなってきた。 
                           アートランは、気を失っているセレンを抱き抱えたり、うつ伏せにしたりして、男根を入れて、何度も精を放っている。 
                          「わたしも……気持ちいいっ……」 
                           皮で覆われていた男根の先が出てきて、その薄紅の頭を指先で撫でる。透明な汁が出てきて、もうその汁の臭いが広がってきて、止まらなくなった。穴に入れた指も激しく出入りさせてしまっている。もう、わたしは、みだらな、見苦しい振る舞いが止められなくなっている。ヒトの交わりを覗き見て、なんて、ふしだらで淫猥な……ああっ、これがわたしの、ほんとうの姿なのか……清らかに生涯を終えなくてはならないのに、わたしは、望んでいる、ここに、ここに、『男』を入れて、もっと気持ちよくなって、精を噴き出したいっ! ここに、『男』を、ああ、彼の、か、れ、の……を入れてっ、激しく、突いてほしいいっ! 
                           やがて、アートランもぐったりとしてセレンの上に重なるようにして倒れこんだ。ふたりの寝息が聞こえてくる。 
                           わたしも身震いが来て、精を撒き散らし、入れていた二本の指を抜いた。 
                           厨房に回り、アートランを起こそうとしたが、とてもよく寝ているので、ふたりを部屋に運んで、ぬるま湯で身体を拭ってやって、下穿きを取り替えてやった。ベッドにふたりを並べて寝かせ、精が飛び散った厨房の床や棚を拭いて、後始末した。 
                           朝、アートランとセレンがふたりで後片付けしている厨房に顔を出した。どうしても、恥ずかしくなってしまう。きっと、顔を赤くしてるだろう。 
                          「あ、あの……ああいうことは、その……部屋でしてくれないかな、後始末はしたけど」 
                           アートランが目を丸くした。 
                          「悪い、ほんと、ごめん!」 
                           アートランが申し訳なさそうに手のひらを合わせて拝むようにしてあやまった。セレンも真っ赤になって頭を下げた。 
                          「ごめんなさい……」 
                          「まったく、みんな、好き勝手なんだから」 
                           呆れたため息をついてみせたが、ほんとうは、うらやましかった。好き勝手、わたしもしてみたい。でも、そんなこと、できるはずもない。 
                          アートランから、キャピタァルの中枢を乗っ取った話を聞いたが、レヴァードのことを話してくれていなかった。それで、部屋を訪ねた。 
                          「レヴァードは……どうしたの」 
                          「心配ない。おっさん、帰りたがってたけど、手が足りないから残ってもらった」 
                           キャピタァルで重要な仕事を任せているのだというので、ひとまずほっとした。この戦いが終われば帰ってこられるだろう。早く戦いが終わればいい。早くレヴァードが帰ってくればいい。 
                          (続く) 後編はこちら 
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