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ビッグ・フットー魚住と池上

 入学式の日だった。お袋の支度が手間取って、時間ぎりぎりに下駄箱の蓋を上げて、シューズを放り込んだ。
 えっ!?
横に蓋が閉められないほどはみ出しているシューズがあった。30センチ以上はある。感動的ですらある。
「亮二、何してるの?遅れるわよ」
 ぼうっとみている俺にお袋の声。自分が遅れたくせして、よく言う。
体育館に向かうお袋と別れて、教室に入る。眼に飛び込んできたのは、あいつだった。一際という言葉をも超えるほどの体格が窮屈そうに椅子に納まっていた。
「ビック・ジュン・・・」
 そうかぁ、ここに入ったんだ。・・・一緒にやることになるんだな。
 胸が弾んできて、その背中を見つめていた。

 そうー期待していたんだ。きっとワクワクさせてくれるって。でも、現実は違っていた。
「魚住!! 下を見るな! 顔を上げんかっ!!」
 田岡監督の叱咤が飛ぶ。あいつはへばって倒れてしまう。先輩たちが呆れて俺に言う。
「おい、池上、脇で休ませとけ」
 駆け寄って手を貸そうとすると、監督にどやされる。そんなことの繰り返しだった。
 駅までの帰り道、あいつがつぶやいた。
「・・・やめたい・・・」
 またか。こんなとき、いつもはこう言ってやる。
「そんなこと、言うなよ。頑張ってこうぜ」
「でも、デカいだけだって」
 愚痴はいつも同じ。
「いいじゃないか。恵まれてるんだから。うらやましいぜ」
 返す言葉も同じ。でも、そう慰めると、あいつはほんの少しだけ気を取り戻す。けど、次の日にはまた同じことを言うんだ。
 俺は、今日、部活の前に監督に呼ばれた。監督は、俺が構いすぎるから、あいつの甘さが直らないんだと言った。
「ほっておけ」
 監督にそう言われて、不愉快だった。俺だって、情け無くって、いい加減嫌になることもあるけど、あいつの為だと思って。それなのに。
「やめたいなら、やめればいいじゃないか」
 あいつの足が止まった。俺は進みながら、続けた。
「おまえはいつだってやめたいって言って。でも本当は止めてほしいだけなんだろ?」
 あいつは止まったままだった。俺も止まったが、振り向かなかった。激しい昂りが胸の奥から突き上げてきて、そのまま堰を切ったように溢れ出て来た。
「甘ったれるのもいい加減にしろよ!おまえは、ただ体がデカいだけで、全然迫力ないし、ヘタくそだし、すぐ音上げるし、ホントに情けないやつだよ!」
 あいつが震えているのがわかる。でも、あいつへの苛立ち、監督への反感、それらを自分の中で処理出来ない自分に腹がたって、もう止められなかった。
「やめちまえよ!!もう!!」
 吐き捨てて、駆け出した。

 翌日、教室で会っても、一言も口をきかなかった。部活も別々に行った。そして、あいつはまた怒鳴られて、裏で吐いた。監督がすっと出て行く。俺もそっと抜けて追った。
 あいつが泣いていた。唇を噛み締めて。
 監督の穏やかな説得が続く。
「デカいだけ?結構じゃないか?・・・」
 そして、夢を語る。
「おかしいか、こんなオッさんが」
 あいつが、落ち着きを取り戻していく。
 監督、俺にはほっとけなんて言っておいて。でも、俺は、ただあいつが言って欲しいことを言ってただけだったんだ。日常の会話の流れの中で習慣的に言ってたにすぎなかったんだ。俺の本当の気持から言っていなかったとわかった。夢を語ろうとしなかったと気付いた。
 やっぱり、いい人だ。田岡監督は。本当にあいつをわかってやってる。
 あいつは練習に戻った。これで、よかったんだ・・・。もう、俺の出る幕はない・・・。

 「では、ごゆっくり」
 障子がすっと閉まって始まった。今日は親戚の法事で、寺からの帰りにこの料亭で食事をすることになった。鎌倉の奥まった閑静な場所にあって、広くて立派な造りで、格式もなかなか、庭も見事、料理も器も超一流と大人たちが誉めちぎるのを尻目に黙々と食う。
 確かにうまい・・・んだろうな。もっとたくさんあれば、味もわかるけど、これっぽっちじゃな、一口にもならない。
「どこにいくの?」
 早々に立ち上がった俺にお袋の咎めるような声。いちいちうるさいんだよ。
「便所」
 わざとでかい声で言ってやった。居並ぶ取り澄ましたやつらが眉をひそめる。お袋の困った顔にすっとした。あんたがいう『いい子』でいるのは疲れるんだよ。
 済ませてから、廊下で庭を眺めていたら、『籬(まがき)』っていう垣根の端っこに洗ったバッシュが干してあった。
 30センチ以上はある。ここにも、こんなデカいの履くやつがいるんだ。
 縁側の下に置いてある下駄を引っ掛けて庭に降りた。バッシュに近寄った。その垣根の向こうに人影があった。
「あっ」
 思わず息を飲むとうつむいて大根を洗っていた大きな体が、俺に気付いた。
「池上・・・」
 あいつだった。あれ以来、ほとんど口をきいていなかった。一緒に帰ることもなくなった。いつの間にか、季節も変わっていた。
 俺は目を逸らすと、取り繕うように尋ねた。
「何で、こんなとこに」
 あいつは大根とたわしを置いて立ち上がった。
「ここ、俺んちなんだ。今日、休みだから、手伝ってるんだ。おまえはどうして」
 一応答える。
「親戚の法事で」
 そこで途切れて後が続かない。このままでいいのか?俺は答えの分かり切っていることを自問する。でも、気まずい沈黙を破ったのはあいつの方だった。
「ご免な」
 何でおまえがあやまるんだ。あやまらなくちゃならないのは俺の方じゃないか。
 頭の中で言いたいことが渦を巻く。でも声にならない。もどかしくてたまらない。あいつが続けた。
「俺、愚痴ってばかりでおまえに迷惑ばかりかけて。見放されても仕方なかったんだ。でも、おまえにああ言われて、つらかった。本当にやめてやるって思ったけど」
 俺はほんの少しあいつの方を見た。
「監督にデカいのも立派な才能だって言われてわかったんだ。おまえが一番俺のことわかってくれてたんだって。そのおまえにまで見損なわれたままでやめたくない。・・・それに監督の夢も実現したいって」
 俺は痛いほど奥歯を噛み締めた。そして、ようやく声が出た。
「一番は監督だよ。俺は二番」
 見上げると、あいつの柔らかな眼があった。俺は言った、俺の気持を。
「夢、叶えような、一緒に」
 わだかまりが溶けていく。ふと、前から思っていたことが口から出た。
「な、その髪形、変えろよ」
 あいつは額にすんなり掛かっている前髪に触れて、小首を傾げた。
「ヘンか、これ」
 ヘンだよ。
「ヘンじゃないけど、ほら、『ターミネーター』のさ」
「シュワルツネッガーか?」
「ん、あれ、似合うぞ、きっと」
 秋の訪れに色染まる午後だった。

 次の日、あいつはターミネーターになっていた。
 銃の代わりに、洗いたてのビックなバッシュを肩にしてー。 
                 <了>

レフティー藤真と花形

 いつも通りの部活。自分たちのメニューをこなしていく。あいつはすでに別メニューで動いている。俺といえば、そのあいつが上級生のレギュラー陣相手にディフェンスの練習に励む横で、フットワーク練習を繰り返している。インターバルさえ、別々だ。
「すげぇ差だよな、同じ一年なのに」
 その他大勢のつぶやきだ。ほんの少し前までは俺のつぶやきでもあった。でも今は違っている。
 あいつのプレーを目のあたりにして、すっかり改まった。
 同じじゃないんだぞ。一年という枠にははめこめないんだから。やっかむなんて、おこがましいんだよ。
 ーやっかみは憧れに変わっていた。
 あいつに頼りにされるようなプレーヤーになって、あいつと同じ『場』に立ちたいと思うようになった。すごいあいつに頼られるという想像は刺激になった。勢い、練習にも身が入る。
 いつか、きっと、あいつと一緒に・・・

 メニュー終了と同時に先輩たちが帰っていく。後片付けは一年の仕事だ。大勢の新入部員を5人づつに班分けして、練習前の準備と後片付けの当番を回していた。たまたまあいつと同じ班になったのだけど、俺たちの雑談に加わることもあって、そのときだけは、あいつも『一年』に戻っていた。コート上で見せる激しいパッションとは打って変わった柔らかなフィーリングを覚えてうれしかった。
 最近は清掃後に個人練習をするようになり、(あくまでも希望者だけ、遠距離通学のやつもいるし)今日は俺たちの番だった。
 モップをかたづけていたら、あいつがボール篭を移動させ始めたので、急いで寄っていった。
「やるよ」
 あいつは小さく頷いて、ボールを一個左手で取った。
「お先!」
 他のやつらは帰っていく。その中の一人が振り返った。
「あれ?花形、おまえ、今日、デートだろ?」
 同じクラスのやつだ。きっと彼女が吹きまくったんだろう。構わず篭を押していくと、あいつが尋ねた。
「ほんと?花形」
 止まって首を振った。
「あっちが勝手に約束押し付けてきたんだ、居残りするっていったのに」
 同じクラスの女子だった。ミス翔陽なんて言われてて、けっこう美人ではあった。毎日のように練習を見に来て、終るまで待っていることもしばしばあった。一度一緒にハンバーガーを食いにいった。もちろん付き合うつもりなんかなくて、その時もそれほど深刻に考えていなかった。そうしたら、次の日には、もう俺の彼女になっていた。そうなると、女の子の思い込みってやつが暴走するらしくて、遠回しな言い方ではわかってくれなかった。かといって、あまりズバッと言い切ってしまって泣かれたりしたら、面倒だし・・・そのまま、ずるずるきてしまっていた。今日も絶対駄目だと言ったのに、一方的に決めてしまって・・でも、行く気はなかった。
 また篭を押し出すと、声が掛かった。
「いけば?」
 振り向いた。そこには、整った眉を少し寄せて、すねているようにも見える顔があった。
「藤真・・・」
 あいつの左手からボールが離れ、床に達して、跳ね返ってきた。
 次の瞬間、鋭い刃のような瞬発力でその場からダッシュして、鮮やかな軌道でもって、ゴール下にいっていた。
 ボールは、ネットを揺らして落ちていた。背を向けたまま、言った。
「行けよ」
 突き放すような言い方ー俺はそれ以上何も言えなかった。急に疲れてきた体を引き摺って、体育館を出た。

 「それでね、真美たち、ずっと歩いてって、11時すぎちゃって、どこ、行ったと思う?」
 雑音がひどい。その上、息苦しい。
「ねえ、聞いてるの?」
 返事するのも億劫だ。黙ってると、諦めて話題を変えた。
「今度の日曜日、いいわよね、映画」
 まさか、行けるか。
「日曜は、部活だから行けない」
 唇を尖らせてすねた。
「この前だって、そうじゃない。土曜だって駄目だし、いつデートするの?」

 暇があってもしない。そう言って、帰ってしまおうか・・・  彼女が自慢の長い髪を掻き上げた。
「わたしと部活と、どっちが大切なのよ」
 自惚れんな。決まってるだろ。
「部活」
 やっとすっきりした。彼女がぷいと立ち上がった。
「さよなら」
 本気じゃなかったんだ、ほっとしたよ。
 うっとおしい長髪が消えて、俺も立ち上がった。バーガーショップを出て、眼鏡越しに薄い星明りを見た。
 もしや、まだ・・・そう思った途端、いてもたってもいられなくなった。足は来た道を戻ってた。
 体育館には、まだ照明がついていた。激しいドリブルの音が聞こえてくる。やっぱり、いた。
 胸の鼓動が激しくなっているのは、走って来たからだけではない。そっと扉を開けて、中を覗く。
 堅いディフェンスを抜き、かいくぐって、ゴール下に切り込んでいく。まるで、そこに実際にかわす相手がいるような、そんな錯覚を起させるほど、真剣で迫力があった。その左手から放たれるボールの気迫に圧倒される。

 もしも、バスケの神様がいるなら、あいつの左手はその神様に愛されてるんだ。 「あ、花形」
 気付かれた!慌てて逃げようとしたが、出来なかった。あいつが、固まっている俺の方に額の汗を拭いながら近づいてくる。
「どうしたんだ、行ったんだろ、デート」
 見上げるあいつの薄い色の瞳に俺が、映っている。ようやく返事した。
「行ったけど、さよならだって」
 あいつの目が不思議そうに動いた。
「俺も好みじゃなかったから、助かった」
 あいつの口元が上がって、不敵な笑みを浮かべた。
「ふぅん、ミス翔陽で、『ご不満』なら、どういうのが、おまえの好みなんだ?」
 あ、これっていじめられてるのかな?
 思わず肩を引いていた。俺がうろたえるのを見て、あいつは人さし指で俺の胸を突つきながら、責めたてた。
「言ってみろよ」  
からかってるんだ。こんな会話ができるなんて、うれしくて、ついのってしまった。
「・・・そうだな。髪は短くって、柔らかそうで、目はぱっちりしてて、プライド高いけど人当たりはよくて、あ、左利きで背は175以上は欲しい」 
 あいつ、口をぽかんと開けて呆れてた。でも、すぐ苦笑すると、腰に手を当てて、わざとらしく威張った。
「寝言言ってないで、ボール、片付けとけ、着替えてくるから」
 俺は靴を脱いで入った。背中に声が掛かった。
「腹減って、死にそ。メシ、付き合えよ」
 振り向くと、あいつはもういなかった。そこにはあの柔らかなフィーリングが残っていた。
<了>

★けっこう気に入ってるんですが、あまりにネタが古い?
 今度はもっと古いネタのをアップしようかなと(^^;何かは内緒~♪