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Bachiatari !
    + GG(ガレージゲーム)シリーズV

V.Naked Run  No.2

 五分間のハーフタイム。大きく息を乱した沢口がスポーツタオルで顔を拭いた。
「ったく、大塚に入られっぱなしじゃねぇかよ!スクリーンアウトがなってねぇんだよ!」
 スポーツ飲料を飲んでいた和巳が、沢口の胸ぐらを掴んだ。
「なってないのは、そっちだろっ!いい位置で渡してんのに、なんで打たないんだよ、ぐずぐず入ってくから、止められるんだろ!?」
 本当だったら、ゲンコの一つも食らわして遣るところだ。沢口が強ばった。そういえば、前のレイダー戦でも、ミドルシュートを打ったところを見た記憶がない。和巳が手を放した。
「もしかして、ミドルシュート、入らないのか?」
 沢口が、熱っぽい顔をもっと赤くして外方を向いた。奥住が、額の汗を拭いて、厳しい口調で言った。
「仕方ないだろ。誰だって苦手なことはある。それより、式場」
 いつもの奥住ではなかった。先輩の貫祿がある。和巳はピッと背筋を伸ばした。
「少し落ちつけ。大塚はおまえが押さえられない相手じゃない。沢口の言うとおり、きっちりスクリーンアウトを取って行けば、リバウンドは取れる。外してもおまえが取ってくれるとなれば、沢口だって、安心して打って行ける」
 スクリーンアウトは、ディフェンスの基本中の基本である。シュート後オフェンスがリバウンドに入ろうとゴール下に向かっていく前に割り込んで背中で押さえ込み、阻止するのだ。頭に血が登り切っていた和巳が冷水を掛けられた思いになる。
 奥住がパンサーの方に視線を振った。
「大塚を見てみろ」
 和巳と沢口が見た。大塚は体中が大きく上下していて、ひどく息を荒くしていた。汗もかなり掻いている。
「かなり疲れている。やっぱり、式場を押さえるのはきついんだ。おまえはどうだ、疲れてるか?」
 和巳が首を振った。全然平気だ。さっきまでひどく苛立って呼吸も乱れていたのが嘘のようだった。
「後半、走り回ってディフェンスを広げよう。そうすれば、沢口も中に入りやすい。ゴール下シュート、確実に入れてこう」
 沢口も真剣に顎を引いた。和巳は頭が冷えたら、急に口がすぎたと気付いた。沢口に頭を下げた。
「ご免、さっきは言いすぎた」
 沢口がちょっとすねていたが、頬に張り付く髪を両手で後に遣り、ゴムでまとめて、やる気を見せた。
「よっしゃ!後半、走ってやるぜ!」
 和巳も掌で軽く両頬を叩いた。前半バスケットボールをやっていなかった。もともと和巳は、勝つためには個人プレーに走らずチームプレイを優先させることが出来た。ゲームは勝ってこそ。だから、ゲームそのものを楽しみながらも、計算的なプレイもやれるのだ。ようやく、いつものゲームモードになった。
 後半、リセットラインに阿部が立った。和巳が大塚のマークについていた。
大塚は睫が長くて眉も奇麗に整えていた。短い髪全体にふわっと柔らかいウェーブが掛かっている。その大塚が和巳に向かってニッと歯を見せた。
「レイダーの時とは違うだろ?僕たち、ファルコ以外には負けたことないんだよ」
 無視。和巳が目の端で、右手側の阿部の体全体を捕えていた。阿部が奥住に背を向けながらドリブルで大塚の方に行く。大塚も和巳に肩を回して有利な位置につこうとした。その前に素早く和巳の背中が立ち塞がった。
 すでに阿部が大塚にランニングパスを出し掛けていた。戸惑って足が止る。
奥住が先回りしていた。体を近づける奥住に、阿部が背後にボールをバウンドさせ、逆の手で受け取るバックチェンジをしようとした。だが、すでに奥住が、阿部の背後に滑り込んでいた。慌てた阿部が、ボールコントロールを乱して、逸らしてしまった。奥住がそれをスチールした。
「おう!」「うまい!」
 客人たちはちゃんとバスケがわかるらしい。好プレイには皆同じように拍手してくれるが、この奥住のプレイの一見地味だが並みでないうまさもを見抜いて歓声を送っていた。
 大塚を抜いてきた和巳があっという間にゴール下に入る。杉原が和巳の前に動く。和巳からフリースローライン外の沢口にボールがいく。しかし、すぐに大塚にマークされた。
「こっからじゃ、はいんないだろ!?」
 大塚がぴったりと貼り付く。ドリブルで抜こうとする沢口をせせら笑った。
「僕を抜く気!?」
 だが、沢口の傍を奥住が擦り抜けていく。その瞬間、スイッチされていた。
アウトの和巳にパス、阿部や杉原を引き付けて置いて、奥住に戻す。大塚が首を巡らせた。
「リターン!?」
 ポイントゲット。
 沢口と和巳が親指立ててグッドのサインを交した。コート脇の室生が鼻で笑った。
「後半、走り回るつもりだね。コート中駆けずりまわるなんて、無様。みっともないなぁ」
 道原も安達も薄笑いした。
 和巳たちヒーツは、オフェンスでは「パス・アンド・ラン」(パスして、マークをパスの方に引き付け、その隙にすぐ走ってマークを引き離すこと)を多用し、コートを目一杯広く使った。ディフェンスでも、しつこく粘って、こまめに足を止めさせた。
パンサーは、体力の消耗とともに精神的にも疲れていった。
 五分後には、同点に追い付いていた。大塚が、両膝を掴んで激しく息を上げ
ていた。阿部が顎の汗を拭った。
「慎ちゃん、沢口なんかにやられてて、どうすんの!?君はあんまり走ってないんだから、もっとブロックに飛んでよ!!」
 阿部が杉原を叱った。杉原が切れ長の目を吊り上げた。
「俺だって、フォローに走ってるよ!大塚が式場に抜かれすぎるんだよ!リバウンドだって、取れなくなったじゃんか!」
 大塚も荒れた息を吐き捨てた。
「僕は、ミスマッチなのに、精一杯やってるよ!あいつ、全然スピードもジャンプも落ちないんだもん、これ以上は無理だよ! 」
 固まっている三人に安仁屋が怒鳴った。
「勝手にタイムアウトなんか取んな!さっさとやれ!」
 ここではチャージド・タイムアウト(作戦タイム)はない。奥住が、やはりバテている沢口の耳もとで言った。
「キツいだろうけど、ゆるめないからな」
 沢口の目は座っていた。荒い息で頷く。
「ああ、わかってる」
 阿部が、ボールを持ってリセットラインに立つ。
「沢口だ、あそこを突くしかない・・・」
 いきなり、パスを杉原へ通そうとした。マークしていた奥住の頭の上を越えて行くかと思われたが、奥住の両腕が伸び上がった。
「わっ!?」
 あっさりとカットされた。奥住は早いドリブルで切り込む。すぐに和巳がエンドライン側に走った。大塚が和巳を追うが、間に合わない。ボールを受け取った和巳が、右手でボールを差し上げてジャンプする。杉原がブロックに飛んだ。
「止めた!?」
 観戦メンバーたちが叫んだ。だが、ボールは杉原の手を避けてさっと引き降ろされ、左手に渡った。引っ掛けるようにして、ヒョイとリングの中にほおり込んだ。その間、一瞬空中を滑り歩くようにすら見えて・・・。ダブルクラッチシュート。鮮やか、見事。拍手喝采が湧く。
「ヒューッ!!」「いいぞ!」
 杉原たちが呆然とする。奥住が和巳の背中を叩く。
「ナイシュッ!式場!」
 沢口が火照った和巳の耳を引っぱった。
「ったく!おいしいとこ、もってきやがって!!」
 和巳が笑いながら観戦スタンドを見上げた。
・・・少しは点数稼げたよな・・・
 オーナーを探したが、照明が眩しくて何処にいるかわからなかった。
 残りの四分半、パンサーはスピーディでアグレッシヴなヒーツにまったく付いて行けなくなった。
 安仁屋が手を上げた。
「32対26、ヒーツの勝利です!」
 沢口が天井を仰いだ。
「やったーぁ!パンサーに勝ったぞっ!」
 和巳が、汗ばんだ体で奥住に抱きついた。
「すっごく、うれしい!!」
 奥住も感激した声を震わせた。
「頑張ったな!」
 客人に頭を下げて、意気揚々と引き上げた。レイダーの本村が飛び跳ねて喜んでくれていた。佐久間が和巳に親指を立てて見せた。
 パンサーの三人は、すっかり疲れ果てていた。コートの脇にしゃがみ込み、すすり泣いていた。

 第三試合ーファルコ対レイダー、今日最後のゲームが始まった。沢口は、かなりバテていて、ぐったり座り込んでいた。
「どこまでやれっかな、あいつら」
 和巳が立ったまま腕組みした。
「昨日の意気込みでやれば、きっと今までとは違うってとこ見せてやれるさ」
 先攻ファルコー安達からボールを貰った室生が、ドリブルする。佐久間が対面した。いつもはオドオドしているのに、今日は室生を睨み付けていた。室生が小馬鹿にした。
「へえっ、ヤル気満々だね。でも、無駄なことしない方がいいよ。どうせ、負けるんだから」
 佐久間がぐっと唇を噛んだ。
「やってみなけりゃ、わからないって・・・」
 昨日の奥住の言葉が支えだった。
 室生がさっと動いた。
「わかってるんだよ!」
 たちまちのうちに抜かれてしまった。追っても間に合わない。他の二人も各々押さえられていて全く止められなかった。室生が安仁屋にボールを渡した。
「ほーら、ね」
 嫌味なほど自信たっぷり。安達もマークしている本村をからかった。
「洋ちゃん、今夜、ガードの兄貴たちの玩具だね」
 本村が強ばった。佐久間が気付いた。
「丈浩(タケ)、聞くんじゃねえ!」
 佐久間は体を張って室生から懸命にボールを守っていた。本村が込み上げて
くるものをぐっと堪えた。
「洋ちゃんが一番辛いのに、頑張ってるんだもん、僕も・・・」
 本村がフッと顔を逸らす。安達がビクッとした。本村は逸らした方とは逆方向に走り出した。ゴールを目指す。佐久間がその本村にパスを押し出す。受け取った本村の前にはもう、道原が来ている。「愚図!」
 だが、本村のすぐ横に柏崎が来て、ボールを受けた。ツーステップでシュートする。ゴールイン!
「よっしゃ!その調子!」
 コートサイドで、和巳が身を乗り出して手を叩いた。室生がチラッと和巳を睨んだ。
「安達ちゃん、もう抜かれないでよ!」
 安達が青ざめていた。
 昨日の練習の成果は、確実に現われていた。後半に入ってから、いつもは涼しげな顔で悠々とプレイしているファルコが息を上げていた。室生が目を釣り上げていた。とにかく、しつこく追ってくる。ダブルチームで挟んでくる。リバウンドを拾い捲る。遂に室生が怒鳴った。
「どうせ負けるのに、何必死になってるの!じたばだせずに、きれいに負けたらどう?!」
 だが、レイダーの三人はひるまなかった。佐久間が汗だか涙だかわからないものを何度も腕で拭っていた。
 他チームのメンバーが食い入るように見つめていた。確かにファルコが勝っているのだが、その点差がいつもと違っていた。六点ーつまり十点以内とは初めてだった。その点差は広がらないままに、終了した。
 安仁屋が佐久間の肩を叩いた。
「おまえらにしては、頑張ったな」
 佐久間は泣いていなかった。和巳が拍手して迎えた。
「やったじゃん、大健闘!」
 沢口も立ち上がって顎に手をやった。
「ファルコのやつら、負けたみてぇな面してっぜ、いい気味だな」
 奥住が頭を下げた。
「ダンク禁止に反対してくれたんだってな。有難う」
 本村が例のお祈りポーズでブリっ子した。
「だって、ゲームで見たかったんだもん、式場君のダンク」
 佐久間が和巳の胸に拳を付けた。
「ウチのときには、ディフェンス頑張ればいいと思ってさ、本当、残念だぜ」
 和巳も佐久間の胸に拳を付けた。
「いいよ、今日だってしなくたって、勝てたし」
 佐久間が急にすがるような顔をした。そうだ、今日レイダーは負けたのだ。泣き出すかと身構えたが、佐久間は力強く言った。
「次はファルコとだろ?やっつけてくれよな。おまえたちなら、やれる」
 和巳は佐久間に何かを感じた。今まで一度もそう思える奴はいなかったが、もしかして・・・これが、友達ってやつかもしれない。
「ああ、やってやる。あいつらに、泣きっ面かかせてやる」
 佐久間が実に嬉しそうに頷いた。本村が佐久間の腕に抱きついて少し悲しそうな微笑みを浮かべていた。

 
 
 


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