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Bachiatari !
  + GG(ガレージゲーム)シリーズ T

T.Grege Game  No.3
 沢口だった。
「便所、ちょっと…緊張して」
 沢口がついてくる。どうしようかと思っていると、覗き込んで来た。
「な、何だよ!?」
 うろたえて零してしまった。沢口は真剣だった。
「な、今日勝たないと、困るンだよ、俺…。おまえが中学でけっこうやってたって聞いてさ、今日だけでいいんだから、頼むよ」
 トンズラしようとしたことがばれていた。あきらめた。
「わかったよ」
 沢口がうれしそうに肩を囲んだ。
「頼りにしてるぜ」
 戻ると、すぐにコート上に集合させられた。チームごとに三人ずつ縦列した。全部で六チーム十八名、外にベンチらしき四人の計二十二名だ。
 口髭がワイヤレスマイクを片手に前に出た。
「本日もようこそ、ガレージゲームにお越しくださいました!各チーム、シーズン二戦目にして、すでに過激にヒートアップしています。今宵も白熱したプレイが、存分にお楽しみいただけることでしょう!尚、本日は、ヒーツにニューフェースが参加します!」
…ガレージゲームっていうのか、ここの…
 口髭が和巳を手招いた。ためらっていると、沢口が指で示した。仕方なく前に出た。口髭がマイクを外して声を低くした。
「頭下げろ」
 唇を尖らせて、ぶっきらぼうに首を折った。上の方でオーナーの声がした。
「急な参加ですが、彼ならば存分にお楽しみいただけますでしょう」
 籠もった笑いが起こっている。
…なんだかヘンな感じだ。
 また不安になってきた。
 だが、そんな不安もゲームが始まると、吹っ飛んでしまった。
 スト・バス(ストリート・バスケット)は、3ON3(スリーオンスリー・三人対三人)、ハーフコート(公式コートの半分)で行う。ルールは大会やプレイコートによって細かい点が違っていることがあるが、試合時間は十分から二十分間、得点は一点づつで、二十フィートラインと呼ばれる半円形を頂点としたライン外は二点(公式戦はライン内二点、ライン外三点)となっている。ゴールの高さは、公式では三・〇五メートルだが、スト・バスでは一般的に二・九五メートルとなっている。ここもおおむね、それに沿っていると奥住が説明してくれた。ほぼ全員が中学時代に部活で基本の指導を受けてきている経験者だという。
 確かに試合を見れば、ただ遊びでやっているフーパー(ストバスのプレーヤー。ケイジャーともいう)ではないとわかる。
 たいしたこと、ない…どころではなかった。特にファルコというチームの三人は、個人の技術も高く、コンビネーションも良くて、見ごたえがあった。
「やるなぁ。ファルコの三人」
 奥住がうなずいた。
「ああ、ここの六チームのうちじゃ、トップだよ。とくにあの十二番室生は凄い」
 ちょうどその十二番室生にボールがいった。十三番からのパスを飛びついて受ける。片足で着地しながら、素早く体を逆に捻って方向を変えた。ディフェンスのひとりをかわし、ドリブルに入る。別のひとりがあわててコース上を塞ごうと動いたが、ドリブルを右から左にチェンジして抜いた。ゴール左側から迫る。シュートに入るところに、最後のひとりが手を上げた。
「読まれてる?!」
 和巳が叫ぶ。だが、室生はスッと体を沈め、脇をすり抜けて、ジャンプしながらゴールを通過した。バックボードの裏側からボールを引っ掛ける。パックスピンのかかったボールは、ボードに当たってゴール・インした。
「決まった、バックシュート!」
 歓声があがる。上のスタンドでも拍手が沸き起こった。和巳も目を見張っていた。
「室生は京杏学園の三年だよ、レギュラーになれなくて、ドロップアウトしたらしい」
 京杏学園は昨年のインターハイ出場校で、例年ベスト4以内に入る強豪だ。強豪はだいたいどこも同じだが、毎年何十人もの選手が入り、厳しい練習で淘汰される。なんとか三年まで残ってもレギュラーはおろかベンチ入りするのも難しいのだ。もしかしたら自分がいったかもしれないトコの落ちこぼれがいるということが奇妙なめぐり合わせに思えた。
 ゲームはファルコの完勝。二桁に近い差がついていた。
 次の対戦が終わるころには、興奮して、すっかりハマっていた。早くやりたくてウズウズする。軽く膝を折り、肩や腕を回してからコートに入る。沢口は、歯をくいしばった。ひどく緊張している。奥住がすっと寄っていった。沢口の腕を掴んだ。
「じっくりとってこ」
 沢口がふっと息を吐いて、肩の力を抜いた。奥住が、逆の手を和巳の肩に置く。
「沢口にボール集めるから、よろしくな」
 和巳のオーバーヒートしかけていた頭が、少し冷めた。相手は、さっきの三つピアスとポニーテール、短い刈り込み髪を黄色に染めた三人のレイダーだった。
 レイダーから始まったオフェンス(攻撃)は、リセットラインに立ったイエローヘアから、三つピアスに渡った。その場でドリブルをついてからポニーテールに渡す。
「抜かせるな!」
 イエローマークに入った沢口が、和巳に怒鳴る。ポニーテールが腰を低くして、右側からドリブルで抜こうとする。それよりも早く、和巳の体がドリブルコースに滑り込んだ。目一杯練習していた成果は、その反応の速さに現われている。
 和巳の体がズッと近付く。足を止められる、ボールを奪われそうになり、ポニーテールが、左側に来ていた三つピアスにパスを通そうとした。
「あっ!?」
 奥住が、間をすり抜けて、ボールをスチール(奪う)していた。すでにポスト位置(ゴール下の円を頂点とした線内)にいた沢口に渡した。イエローヘアがブロックに飛ぶ間もなかった。ワンハンド(片手)でジャンプシュートを打つ。ボールはすんなりとネットの内側から落ちてきた。
「よしっ!」
 沢口が拳を握った。奥住が和巳に手を上げた。
「ナイスディフェンス!」
 きゅっと胸が締まる。
「そっちこそ、ナイススチール!」
 これでレイダーの出鼻をくじくことができた。流ればリズムを掴んだヒーツに向いた。
 オフェンスは和巳と奥住がボールを回し、沢口に繋いで打たせていく。沢口の位置が悪かったりマークがきつければ、自ら切り込んでいって決めてしまう。ディフェンスは奥住の堅さと和巳の高さでがっちらとキープしていた。沢口は一生懸命やっていた。それが伝わってくる。奥住は申し分なく、リズムをうまく合わせてくれる。技術は室生に匹敵すると見た。元々は点取り屋(スコアラー)の和巳も、今日はアシストになって、沢口を盛りたてた。多少欲求不満ではあったが、それでも充分ゲームを楽しんでいた。
 ゲームも後半に入った。和巳がポニーテールを睨み付ける。ポニーテールがひるんだ瞬間に、素早くボールを背中に回し、リリースした。背後で奥住がそのパスを上手く受けてくれ、ドリブルでコースに入っていく。ミドルでジャンプシュートする。三つピアスが飛び上がってブロックに行く。止められなかったが、指先が掠った。ボールはリングに当たり、撥ね返る。
「リバウンド!」
 リバウンドはシュートが外れて、撥ね返ったボールを取ることだ。オフェンス側が取ればまた攻撃ができる。(ディフェンス側が取れたら一旦二十フィートライン外に出なくてはならない)間に合わなかった沢口を頭を振った。だが、すでに和巳が動いていた。高いジャンプ、片手を上げて、ボールを確保していた。
「ジャンプ、高い!」
 メンバーたちの中で声が上がる。
「新入りが!」
 三つピアスががなって駆け寄るが、遅い。その位置からのシュートが決まる。五点差がついた。
「ざけんな!このままで済ませるかよ!」
 三つピアスはいつにも増してディフェンスの堅い奥住に完全に抑えられていらついていた。イエローヘアを押し退け、沢口の前に立ち塞がった。強引を避けた沢口が、近いほうの奥住に回す。だが、そのパスは通らず、三つピアスの手に当たって落ちた。イエローヘアが拾うが、ポニーテールは和巳のマークが厳しい。自分でゴールに走りこんでシュートした。
「わっ!?」
 シュートはミスし、今度は沢口がリバウンドを取った。イエローヘアが奪い返そうと迫ってくる。ラインの外に動いた奥住に投げる。
「打て!奥住!」
 沢口が叫ぶ。応えて奥住が、シュートした。膝を柔らかく使い、全身をバネのようにして腕を伸び上げる。ボールは見事な弧を描いて、リングに吸い込まれていった。
「やったぁ!」
 和巳が奥住に抱きついた。そんなオーバーアクションもすんなりとはまってしまうほど盛り上がっていた。レイダーの三人は固まって睨みつけていた。
 後二分、レイダーのオフェンスから始まる。三つピアスが必死になって突っ込んできた。
「どけっ!」
 肩で奥住を突き倒し、強引に行く。奥住が尻をついた。和巳が声を張り上げた。
「チャージング(オフェンスファール)だぞ!」
 だが、三つピアスはかまわず走っている。審判の口髭も笛を吹いていない。感嘆に入れられてしまった。ニヤついている三つピアスに詰め寄った。
「今の、ファールだぞ!」
 三つピアスが鼻先で笑う。
「笛が鳴んなきゃいいんだよ」
 口髭の方を見る。だが、試合を進めるよう手を振るだけだ。
「おい!レフリー!」
 怒りが収まらない。その腕を奥住が止めた。細い眉を寄せて、首を振る。
「これは、競技バスケじゃないんだ」
 かなりのラフ・プレイ有りは、前の二試合を見ていてわかっていたが、奥住を突き飛ばされて、かっとなったのだ。
「後、二分切った。六点差だけど、最後まで気、抜かずにいこ」
 ウィンクして笑って見せ、走っていく。見惚れていた。
「おい、行くぞ!」
 沢口に声に我に返った。
 ボールが奥住が沢口に移る。沢口の前後にイエローヘアとポニーテールがついた。沢口が、ドリブルを止めた。肩越しに背後のポニーテールを見たまま、前のイエローヘアの足元に叩き付けた。それを和巳が受けた。
「おっしゃっ!」
 気を吐いて速いモーションで動く。左側から三つピアスが迫る。沢口についていたふたりも散らばった。左のポニーテールがコースに入ってくる前に到着した。ゴール下でジャンプする。右側から三つピアスが飛び掛ってくる。ぶつかっても止めようというのだ。
「はっ!?」
 三つピアスが目を見張る。和巳が、シュート体勢のまま、腕だけ下に流した。ボールはすぐ側に来ていた沢口の手に移っていた。次の瞬間にはリングの中に入っていた。三つピアスは和巳にぶつかって、撥ね飛ばされた。
「うわぁ!」「うまい!」
 他のメンバーたちが、その鮮やかさに歓声を上げる。和巳が険しい目で見下ろす。尻を着いた三つピアスが、怒りをぶつけた。
「クソッタレが!タッパがあるからって、いい気になんなよ!」
「ほざいてろ」
 どうせ負け犬のなんとやらだ。ゲームはヒーツの勝利。拍手の渦の中で終了した。
 全員が挨拶し終える。上の方がなにやらあわただしくなってきた。
 沢口がうれしそうにして和巳にスポーツ飲料の缶を差し出した。
「今日はありがと、助かったぜ」
 奥住も明るく微笑んで和巳の手を握った。
「とても楽しかった…本当に有難う」
 その微笑を見て、また胸がキュッと締まった。
 三つしかない簡易シャワーの順番を待ち、汗を流して、着替えた。沢口も奥住を消えていた。帰りに事務所に寄るよう言われていたので、鞄とドラムバッグを持った。
 レイダーの三人が残っていた。三つピアスが、ロッカーの扉を叩いた。
「今度負けたら、『一つ星』だって?!嫌だ、そんなの!」
 ポニーテールが背中から両肩を掴んだ。
「次は勝てるよ、だから、そんなに…」
 三つピアスが激しく身体を振る。
「次はファルコとなんだぞ!勝てっこねぇ!」
 涙混じりの声だ。『一つ星』になることが、それほど大変なことなのか、突っ立っている和巳に三つピアスがベンチを蹴った。
「何見てやがんだ!さっさと行っちまえ!」
 身体を折ってベンチに突っ伏す。ポニーテールがその背中に抱きついた。ベンチに座っていたイエローヘアも肩を落としていた。
 事務所に寄ったが、ふたりはいなかった。口髭に尋ねた。
「あの…沢口たちは…」
 口髭が手を出した。
「ユニフォーム、返しな」
 自分で洗濯するのかと、ドラムバックに突っ込んでいた。出して渡した。口髭が机の脇の大きなランドリーカートにほおりこんだ。
 机の上の封筒を寄越した。
「なんだよ、これ」
 
   
 
 


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